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6月28日の大阪生野区の歴史ある寺社巡り・今里駅-2

7月2日      6月28日の大阪生野区の歴史ある寺社巡り・今里駅-2
                 近鉄 駅フリーハイキング
朝迄本降り、ハイキング受付の今里駅へ行くと小降りになっててハイキングに
出る事が苦にならない程度、予報でも昼前には雨もあがり天気回復すると言う
ので傘を開いて知人と2人でスタートした。私の貰った地図では184人目、この
20分間でスタートした人数だ、其の後も数人並んでいたので10時時点迄の
参加者190人くらい?11時迄の受付なのでもっと増えるかも知れない・・・
終盤のコリアタウンでコースを変えて桃谷駅へ帰る事にした。
家へ戻って実際の歩いた歩数と距離をみると 19697歩で約13.2kmに・・・
コース 近鉄駅フリーハイキング 今里駅受付9:30~11:00  歩程約8㎞
今里駅(受付)~清見原神社~難波寺~田島神社~どりー夢商店街~生野八
坂神社~生野神社~御勝山公園・御勝山古墳~舎利尊勝寺~つるの橋跡~
御幸森天満宮~コリアタウン~彌栄神社~桃谷商店街~JR桃谷駅
今里駅(受付)~清見原神社へ向かう
新地橋の手前で右折、川沿いに歩き新今里橋を渡る
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清見原神社
清見原神社(きよみはらじんじゃ)は、大阪府大阪市生野区にある神社である。
天武天皇を主祭神とし、明治の神社合祀により素盞嗚尊・大山咋命・天水分神
・國水分神を合わせ祀る。
水害により社記等が流失したため創建の詳細は不詳である。口伝によれば、
天武天皇が大和の飛鳥浄御原宮から難波に行幸した際に現在の当社鎮座地
で休憩したという。現在の社名はこの伝承によるものであり、このとき天武天皇
吉野の方をかえり見たとのことから、附近の地名「吉野見」が生まれた。天武
天皇の歿後、一帯を本拠としていた大伴氏が天武天皇を祀る神社を創建し、天
武天皇宮と称したと伝えられる。以降、旧大友村の氏神として崇敬された。
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神社横のお地蔵さん
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中ノ川迄戻って
川沿いに歩く
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難波寺
難波寺(なにわじ)は、大阪府大阪市生野区にある臨済宗妙心寺派の寺院。山
号は月江山。本尊は十一面観音。
この寺は、736年(天平8年)聖武天皇の勅命により行基によって、奈良東大寺
の大仏開眼法要のため、遣唐使の船にて来日したベトナムの僧侶を宿泊させ
る為、現在の天王寺区東高津町に創建されたと伝えられ、当初、三井寺の直末
として天台宗に属していた。室町時代に入ると荒廃し、江戸時代に入って妙心寺
塔頭後花園院の卓同和尚により中興され臨済宗に改められた。1925年(大正
14年)現在地に移された。
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境内には、浄瑠璃・歌舞伎の演目に「茜染野中隠井」(あかねそめのなかのかく
れい)縁の、井戸と弘法大師作の墨掛け地蔵がある。 また、難波寺形と呼ばれ
る手水鉢が現存する。
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田島神社&眼鏡レンズ発祥之地碑
田島神社
古い記録は洪水などで紛失していますが、残った石灯籠などに刻まれた文言に
よれば、少なくとも貞享元(1684)年にはすでに神社があったことがわかります。
その頃、菅原大神(すがはらのおおかみ)を主神とし、事代主命(ことしろぬしの
みこと)・八幡大神を相殿として天満宮といわれていました。
寛政4(1792)年には、少彦名命(すくなひこなのみこと)を主神として天神社とい
われ、明治42(1909)年に現社号の田島神社と改称しました。その後、平成2(19
89)年に御大典記念として本殿を改築し、石鳥居や『天神さまの牛』が新設され
ました。
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眼鏡レンズ発祥之地碑
「田島神社」の参道の真ん中に 大きな「石田太次郎顕徳碑」と「眼鏡レンズ発祥之
地」碑が並んで建っている。
田島地区は 明治から昭和にかけて, 国内有数の「眼鏡レンズ」生産拠点だった。
後に「レンズの始祖」と呼ばれた石田太次郎は ここ田島村で生れ, 丹波の国でレン
ズ研磨の技術を習得。 1857(安政4)年に 田島村にその技術を紹介し, 田島の家内
産業に発達した。1913(大正2)年に 農村だった田島村に電力が引かれると, 眼鏡レ
ンズ専門工場が生まれ, 最盛期には 200軒を超える業者が集まり, 日本一の眼鏡
生産地となった。しかし 1960年代以降, プラスチックレンズの技術が開発され, 軽く
て割れにくい優れた特性から ガラスレンズに取ってかわり, また 工場で大規模に量
産されるようになったため, 田島のレンズ製造は急激に減少していった。
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どりー夢商店街
生野銀座商店街は、生野本通り商店街(国道25号線側から)を通り抜け、横断歩道
をわたった先の商店街です。なので、駅からも遠く、本当に地元の商店街という感じ
です。しまっているお店も多いですが、日中は地域のおばさまたちで活気があります。
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生野八坂神社
東成郡誌第三編、生野村第四神社の項に『素盞嗚尊(すさのおのみこと)神社、
大字林寺字林に鎮座せり…』とあり、その創祀は諸書に『元禄二巳(1689)年勧
請』とありますが、他にも説があって定かではありません。
東成郡林寺村(旧地名)の氏神様として崇敬されていましたが、明治41(1908)
年に天王寺区の河堀稲生神社に合祀され、境内地も『河堀稲生神社御旅所(お
たびしょ)』となりました。その後、氏子有志の熱誠なる努力によって復興造営が
完成し、昭和30(1955)年御神霊の還御を仰ぎ『生野八坂神社』の認証を受け、
『生野の祇園様』として今日に至っています。
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生野神社
木瓜(もっこう)を神紋とする生野神社の古名は、牛頭(ごず)天王宮という神号を
用い、明治5(1872)年村社、明治42(1909)年素盞嗚尊(すさのおのみこと)神社
を経て、戦後の昭和22(1947)年に生野神社と改称。 神社の鳥居は小振りなが
ら宝永7(1710)年の刻銘があり、区内では最も古い貴重なもので、鳥居より背の
高い大きな歌碑と榎・いちょうの古木が景観を添えています。
また、拝殿前の一対の狛犬は天保4(1833)年のもので、お伊勢参りが大流行した
江戸期の貴重な記念物です。これは村の氏神さんへの崇敬を疎かにしなかった
証拠品となっています。
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此処までは、
6月28日の大阪生野区の歴史ある寺社巡り・今里駅-1 として
            下記のセカンドブログへ詳細を投稿済みです。
        http://tahara-nara-amami.blog.so-net.ne.jp/2017-07-02
此処では、続きの舎利尊勝寺~の詳細を
28日の大阪生野区の歴史ある寺社巡り・今里駅-2 として掲載します。
舎利尊勝寺
南岳山舎利尊勝寺と呼ばれ禅宗の一派に属し、本尊は釈迦如来です。約1400
年前、用明天皇のころ、生野長者と呼ばれる長者に言葉の不自由な子が生まれ
ました。長者が、四天王寺伽藍を設立するために来ていた聖徳太子にすがると、
太子はその子に向かい「わたしが前世に預けた3つの仏舎利を返しなさい」とい
いました。すると3つの仏舎利を吐き出し、それからは普通に話せるようになりま
した。太子はそのうち、ひとつを法隆寺に、ひとつを四天王寺に、残った一つを
長者に渡しました。長者が、お堂を建てて、この仏舎利を奉ったのが、舎利寺の
起源と言われています。
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御勝山古墳へ向かう
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御勝山公園・御勝山古墳
御勝山(おかちやま)古墳
もとは岡山と呼ばれ、元和元(1615)年夏の陣の大坂落城のとき、徳川秀忠が此
処で戦勝の宴を催したことから御勝山の名で知られるようになりました。
南北112m、東西55m、高さ約8mの前方後円墳で現在は前方部が道路(勝山通)
と勝山南公園になっており、後円部を残すのみです。
市内では、茶臼山古墳(天王寺区)と帝塚山古墳(住吉区)と並んで重要な史跡の
一つです。中臣氏の祖『大小橋命(おおおはせのみこと)』の墓であるといわれて
いますが明らかではありません。
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つるの橋跡
猪甘津橋(いかいつのはし)は、日本書紀に記述されている橋。後継の橋は存在
していないが、文献で登場する木造橋としては日本最古。
日本書紀の仁徳天皇十四年(326年?)の条に「猪甘津に橋わたす」との記述があ
り、少し北に「小橋の江」と呼ばれた入江があり、入江に半島のように突き出ていた
上町台地の東側に沿って百済川(旧・平野川)が注ぎ込み、河口付近に「猪甘津」
と呼ばれた港が栄えていた。 橋のあった場所については諸説あるが、猪飼野(現
・大阪市生野区桃谷付近)の百済川に架けられていたものと推定されている。
この場所には江戸時代以降、旧平野川のこの橋に鶴が良く飛んできていたので鶴
橋(つるのはし)と命名されてきた橋が架けられていた。だが、昭和15年(1940年)
に河川改修工事のため川は埋め立てられ、つるの橋はなくなったが、1952年(昭
和27年)に橋が存在した場所(桃谷三丁目)に記念碑が建てられた。
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御幸森天満宮(みゆきもり天満宮)
仁徳天皇・少彦名命(すくなひこなのみこと)・押坂彦命(おさかひこのみこと)を主
祭神としています。江戸時代には『御幸宮』または『天皇天神社』と称していました。
社頭に立てられた由来碑によると、仁徳天皇のとき百済野の北端にあった小丘に
鷹を放って天皇がそれをご覧になったところから御幸森の名が起こったと刻まれて
います。また、境内にある5本のムクノキ(椋)の老樹は『まちの貴重な緑をみんな
の力で守っていこう』との願いから、市の保存樹林に指定されています。
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コリアタウン・・・HPより
御 幸通の3商店街(通称:生野コリアタウン)は1600年の歴史ある御幸森神社
のお膝元、東西500m程に約120店舗が軒を連ねる商店街です。大正時代にか
つて猪飼野と呼ばれたこの近隣が人口の増加に伴い市街化していく中、大阪市
立鶴橋公設市場が開設され、旧市電「猪飼野駅」に続く一条通商店街と交差す
る位置であったことから国内にある他と同様な商店街として発展していきました。
生活の苦しかった朝鮮半島の人々は既に韓国併合が行われていたことにより、
日本に職を求めて移住するようになります。
特に大正時代末期に就役した「君が代丸」により、済州島からの移住者が増大し
ます。その人々こそ経済成長著しい大阪の中小零細企業にあって特に避けられ
がちな労働や雇用需要を担ったのです。出稼ぎ労働者が増えてくると、今度は
同胞を相手に商売(といってもゴザに物品・食品を並べる程度)を行う人々が現
れ始め、その界隈が朝鮮市場と呼ばれるようになります(現在の御幸通の裏手)
戦 争が激化し大阪にも空襲が行われると、それまで御幸通で商売をしていた
旧日本人店主たちが疎開を始めるようになります。
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疎開の際、「店舗は空襲の被害にあうかもしれない」「ほうっておいては店舗・家
屋が痛む」と考えた旧店主達は、それらを安く貸したり売ったりするようになりま
した。この時、御幸通の裏手で商売をしていた人たちを始めとして在日韓国・朝
鮮人達が御幸通で店舗を構えるようになります。この頃を境に御幸通商店街が
特異な商店街としての発展を見せ始めます。
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昭 和30年代から50年代前半にかけては日本の高度経済成長もあり、韓国・朝
鮮の食品や物品がひとところに集まる商店街としてその隆盛期を迎えます。
ところが昭和50年代後半頃から陰りを見せ始めます。最初期の渡航者から数え
ると50年程経つ中で、在日韓国・朝鮮人の生活様式の変化、日本経済の成熟、
後継者の不在等いくつかの要因が重なり、来街者が目に見えて減少していきま
した。そんな時危機感を覚えた当時の商店主たちが、"コリアタウン構想"を掲げ
ます。しかし当初コリアタウン構想を立ち上げたとはいえ、新しい来訪者の方へ
の対応に商店主達が戸惑いを見せるような状態が続きましたが、特徴的な門や
舗装道路が完成し、その後日韓共催ワールドカップ、冬のソナタに始まる韓国文
化への関心が高まり、コリアタウンとして注目が集まるようになり現在に至ります。
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彌栄神社
神祖素盞嗚命(すさのおのみこと)を文録年間に熊野巫神社(旧出雲国意宇郡)
より分霊奉還したのがはじまりと旧記にあります。
その当時は牛頭(ごず)天王社と呼ばれ、創立以来旧木野(この)村の鎮守とし
て崇敬厚く宮座(みやざ)を設けて奉仕し、明治5(1872)年村社に列せられ、社
号もこの時に彌栄神社と改められました。
明治43(1910)年、氏子協議のうえ大字岡村(現勝山北4丁目)の御館(みたて)
神社を合祀しました。その御館神社は、旧岡村の生土神(うぶすながみ)でいば
らの神と呼ばれ、仁徳天皇の的殿(まとどの)の旧跡で、現在は彌栄神社の御
旅所(おたびしょ)となっています。
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桃谷商店街
桃谷駅前商店街は庶民の味方。懐かしいもん、珍しいもん、安いもんやら、
楽しいもん。 何でも揃うから、ほんま便利やで~。 散歩がてらに、いっぺん
遊びにおいでや!
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JR桃谷駅
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おまけ
自宅の近くへ戻って、アザミ、自宅のアガパンサス
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コメント 2

mamu7010

 つるの橋跡↔コリアタウン↔御幸森天満宮、
大好きなコースです。
コリアンタウン+マッコリ、良いですね。
彌栄神社→桃谷商店街→JR桃谷駅、なんか懐かしい?
by mamu7010 (2017-07-03 10:51) 

taharas

mamu7010さん
コメント有難う御座います!(^^)!
今月は酒蔵訪問の月です、豊祝、長龍、河内ワインも
行きますよ!ハイキング行きましょうよ!私は左肩が重くて
昨日は整形外科行って来ました、が昨日よりも今日がもっと
重ダルクてかないません・・・
by taharas (2017-07-04 19:14) 

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