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5月11日のてくてくマップハイキング・鶴橋駅-2

5月13日       5月11日のてくてくマップハイキング・鶴橋駅-2
               近鉄あみま倶楽部てくてくマップ大坂⑮
此の日は、天王寺の居酒屋で6人、15時~17時に恒例の”昼飲み会”を設定して
有り、14時50分迄に待ち合わせ場所へ行く段取りでのてくてくマップハイキング、
鶴橋駅~阿部野橋駅迄の12kmコースのマップを少し変えて、新世界で銭湯に
入ってから”昼飲み会”の待ち合わせ場所へ行く手筈だったが新世界ラジウム温
泉がお休みで、新世界のスパワールドでお風呂に入る事になり、カラスの行水と
なってしまった、初めてのスパワールド、もっとゆったり時間取って入りたかった・・・
てくてくマップ大坂⑮・・・上町台地名所巡りコースから難波宮と四天王寺をパスして
志都美駅~鶴橋駅
志都美駅から葛城山、二上山を・・・
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鶴橋駅~真田山公園~三光神社
三光神社
真田幸村公の像、真田の抜け穴跡
大坂市内にはその他10ヶ所以上の抜け穴があると云われている
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三光神社~玉造稲荷神社
玉造稲荷神社
豊臣秀頼公の像
秀頼公寄進の大鳥居(阪神大震災で折れて半分埋まってる)
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玉造稲荷神社~越中井
道路脇のシャリンバイの花
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越中井
明智光秀の長女で細川家の嫁、細川ガラシャが身を投じた井戸
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越中井~大阪城公園
道路脇にアザミ
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大坂城公園、大坂城天守閣。他
天守閣前の2本のヒトツバタゴ(なんじゃもんじゃ)花は終わっていた
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  豊国神社
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大坂城御座船HPより
大阪城の内壕(うちぼり)を約20分間で巡る観光船です。日本一高いとされ
る石垣が目の前に迫り、水面から見る天守閣は豪華絢爛。大阪城の美しさ、
すごさを感じることができる小さな船旅です。是非、ご体験くださいませ。
大人1500円、子供750円、65才以上1000円
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極楽橋を渡って
極楽橋
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大坂城京橋口~大坂橋
大坂橋
大坂橋(おおさかばし)は、大阪市の寝屋川と府道石切大阪線を跨ぎ、
大阪城公園と毛馬桜之宮公園を結ぶ自転車・歩行者専用橋。
大阪城を眺める絶好のポイントです。
桐の花
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大坂橋~川崎橋
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此処までは、
5月11日のてくてくマップハイキング・鶴橋駅-1 として
         下記のセカンドブログへ詳細を投稿すみです。
       http://tahara-nara-amami.blog.so-net.ne.jp/2017-05-13
此処では、此の続きの川崎橋~についての詳細を
5月11日のてくてくマップハイキング・鶴橋駅-2 として掲載します。
川崎橋(かわさきばし)は、大阪市北区天満と都島区網島町を結ぶ大川に
架かる自転車・歩行者専用斜張橋。 国土交通省が全国的に整備を進めて
いる大規模自転車道のひとつ、北大阪サイクルライン(大阪市北区中之島
~大阪府吹田市万博記念公園)の大川を渡る地点に架かる。浪速の名橋
50選選定橋。昭和53年度の土木学会田中賞を受賞。
橋名は、かつて架橋地点にあった渡船「川崎渡」から採られている。
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大川沿いを天満橋へ
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天満橋~八軒家浜(昼食)~天神橋
天満橋(てんまばし)は、大川に架かる天満橋筋(大阪府道30号大阪和泉泉
南線)の橋。難波橋、天神橋と共に浪華三大橋と称され、最も東(上流)に位
置する。大阪市北区天満と大阪市中央区天満橋京町の間を結んでいる。
大阪では珍しい2階建ての橋になっており、上部は土佐堀通をまたぐ跨道橋
になっている。天満橋南詰には天満橋交差点があり、ここより北を天満橋筋、
南を谷町筋という。大阪市営地下鉄谷町線が天満橋の地下を通過している。
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天神橋(てんじんばし)は、大川に架かる天神橋筋(大阪市道天神橋天王寺線)
の橋で、大阪市北区天神橋と大阪市中央区北浜東の間を結んでいる。
1594年(文禄3年)の架橋とされ、当初は大阪天満宮が管理していたが、1634
年(寛永11年)に他の主要橋とともに幕府が管理する公儀橋となった。難波橋、
天満橋と共に浪華三大橋と称され、真ん中に位置する。
浪華三大橋の中で全長が最も長い。また、1832年(天保3年)の天神祭におい
て、橋上からだんじりが大川へ転落して溺死者13名を出す事故があり、「天神
橋長いな、落ちたらこわいな」と童歌に歌われた。
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八軒家浜~熊野街道ウオーク
上町台地北端の西麓、天満橋と天神橋の間において、平安時代までに渡辺津
(わたなべのつ)と呼ばれる外港が成立した。大江、国府津、窪津、楼津などと
も呼ばれ、摂津国の政治の中心であった渡辺の地はまた、四天王寺、住吉大
社、高野山、そして熊野三山への参詣道である熊野街道の起点として駅楼が
置かれ、海陸交通の要地として栄えた。
大阪平野の形成にともなって西へ移動した河口と離れて河港に姿を変えたこと
や、遷都等の要因によって外港としての役割は縮小したが、同地における寄港
地としての機能は近世以降も残ることになる。
江戸時代には、同地は船宿などが8軒並んでいたことから「八軒家浜」と呼ばれ
るようになり、京(伏見)と大坂を結ぶ「三十石船」と呼ばれる過書船のターミナル
となるなど、淀川舟運の要衝として栄えた。

熊野街道
天満橋・・・八軒家浜・・・八軒家船着場跡・・・熊野街道入口・・・窪津王子跡(坐摩
神社行宮)・・・日限地蔵院・・・釣鐘屋敷跡・・・御祓筋(熊野街道)・・・中大江公園
・・・(中央大通り)・・・太閤下水跡・・・坂口王子伝承地(朝日神明社跡・南大江公
園)・・・榎木大明神・・・(谷町筋)・・・(長堀通り)・・・郡戸王子跡(高津宮)・・・
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熊野街道
太閤下水見学施設
豊臣秀吉による大坂城築城の際に原型が造られたと言われている石積の下水溝
です。豊臣秀吉が大坂城築城に着手したのは、天正11年(1583年)のことでした。
町づくりにあたっては、大阪が、淀川・大和川のデルタ地帯にできた低湿な土地で
あったので、道路整備と同時に町屋から出る下水を排水するための下水溝が建設
されました。東西の横堀川に囲まれた城下町は、大坂城に向かう東西道を軸に碁
盤の目に区切られ、その道路に面した建物の背中どうしのところ(裏口)に下水溝
が掘られました。この下水溝は「背割下水」、あるいは太閤秀吉にちなんで「太閤下
水」と呼ばれています。当時の大阪は、この太閤(背割)下水に挟まれた約40間
(72m)四方の区画が町割りの基本となっていました。
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榎木大明神
御神木の槐(エンジュ)、樹齢650年といわれています。
榎木大明神は、御祓い筋(熊野街道)と長堀通りの角を北に、石段を登った所に
あります。このあたりは第2次大戦の空襲でも焼け残った古い家屋がまだ残って
います。榎木大明神ですから榎(エノキ)の木があると思いきや、エンジュです。
槐(エンジュ)は、マメ科の落葉高木で、中国が原産。古くから台湾、日本、韓国
などで植栽されている樹木です。エノキとエンジュを間違って名前を付けたみた
いです。巳さん(白蛇)を祀っています。
榎木大明神のエンジュは楠木正成のお手植えとの伝説もあり、樹齢は650年と
もいわれます。大戦中の大空襲ではこの木のところで延焼が止まり、これも霊
験として伝えられています。大阪市は何度も伐採を試みたそうですが、そのたび
に不慮の事故が起こり断念したそうです。
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高津宮
古墳時代、難波高津宮に遷都した第16代天皇である仁徳天皇を主祭神とし、祖
父の仲哀天皇、祖母の神功皇后、父の応神天皇を左座に、后の葦姫皇后と長子
の履中天皇を右座に祀る。
貞観8年(866年)、勅命により難波高津宮の遺跡が探索され、その地に社殿を築
いて仁徳天皇を祀ったのに始まる。天正11年(1583年)、豊臣秀吉が大坂城を築
城する際、比売古曽神社の境内(現在地)に遷座し、比売古曽神社を当社の地主
神として摂社とした。明治5年に府社に列格した。
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真言坂
真言坂(しんごんざか)は大阪府大阪市天王寺区にある坂。
天王寺七坂と呼ばれる坂の一つで、一番北に位置し、かつ唯一南北に通る。北側
の上り口は千日前通の南(阪神高速高津入口付近)に通じ、上り口に真言坂の顕
彰碑があり、正式名称は真言坂。南向きに坂を上ると生國魂神社の北の鳥居・石
段の前へ至る。
坂の名の由来は、このあたりに生國魂神社の神宮寺だった法案寺をはじめとした
真言宗の仏教寺院が十坊(「生玉十坊」と呼ばれた)あったことに由来する。
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生圀魂神社
大阪市中心部、難波宮跡や大坂城(大阪城)から南西方の生玉町に鎮座する。
かつては現在の大坂城の地に鎮座し、中世にはその社地に近接して石山本願
寺も建立され繁栄したが、石山合戦後の豊臣秀吉による大坂城築城の際に現
在地に遷座されている。
この生國魂神社が祭神とする生島神(いくしまのかみ)・足島神(たるしまのかみ)
は、国土の神霊とされる。両神は平安時代に宮中でも常時奉斎されたほか、新
天皇の即位儀礼の1つである難波での八十島祭(やそしままつり)の際にも主神
に祀られた重要な神々で、生國魂神社自体もそれら宮中祭祀と深い関わりを持
つとされる。また、同様に大坂城地から遷座されたという久太郎町の坐摩神社と
ともに、難波宮との関わりも推測されている。その後中世・近世を通じても崇敬を
受け、戦前の近代社格制度においては最高位の官幣大社に位置づけられた、大
阪の代表的な古社の1つである。
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源聖寺坂
源聖寺坂(げんしょうじざか)は大阪府大阪市天王寺区にある坂。
天王寺七坂と呼ばれる坂の一つで、坂の名は、坂の上り口北側に源聖寺がある
ことに由来する 西側の上り口は下寺町の松屋町筋に通じ、坂を上りきると生國魂
神社正門の少し南、齢延寺と銀山寺の間を通る。道筋は上町台地上で水平となり、
東は谷町筋・生玉南交差点の一つ南の辻へと至る。
上り口から途中までは石畳となっているが、途中から階段状になり、少し東南東に
向きを変える。
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松屋町筋を国道25号~新世界
松屋町筋
松屋町筋(まつやまちすじ)とは、大阪府大阪市を南北に縦断する全長約4.1kmの
主要地方道の愛称である。地元の人には「まっちゃまちすじ」とも呼ばれる。雛人形
や五月人形など、玩具と駄菓子などの問屋が多くこの筋にあるため「まっちゃまち」
として近在にまで有名である。全線が大阪市道天神橋天王寺線に含まれている。

新世界
当地は、1897年(明治30年)に大阪市へ編入される以前は西成郡今宮村の一部で、
畑地や荒地が広がっていた。市街化のきっかけとなったのが、1903年(明治36年)
に開催された第5回内国勧業博覧会で、東に隣接する旧東成郡天王寺村の一部と
ともに会場敷地となった。「内国」とあるが、国内外からの最新技術が披露された点
では「万博」に近いものがあり、博覧会は5ヶ月間で入場者530万人という大盛況の
内に幕を閉じた。
博覧会跡地は日露戦争中に陸軍が使用したのち、1909年(明治42年)に東側の約
5万坪が大阪市によって天王寺公園となった。西側の約2万8千坪は大阪財界出資
の大阪土地建物会社に払い下げられ、1912年(明治45年)7月3日、「大阪の新名
所」というふれこみで「新世界」が誕生。通天閣とルナパークが開業した。開発当初
は「新巴里」「第二千日」と仮称されていたが、開業の際、「新世界」と改められた。
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スパワールド 世界の大温泉HPより
関西人なら一度はCMを目にしたことがある「スパワールド 世界の大温泉」。その場
所は大阪のシンボル“通天閣”を構える新世界にあります。「世界の大温泉って何や
ねん」と思っていたそこのあなた。それ、間違っていません。異国感あふれるお風呂
や岩盤浴、その上プールまで楽しめちゃうアミューズメント施設なんです。しかも意外
に知らない人が多いのがそのお得さ。
普通のスーパー銭湯と同じに考えたら大間違い。代名詞ともなっている「世界の大温
泉」の名の通り、ヨーロピアンな内装のお風呂や、アジアンテイストのお風呂など、まさ
に「世界」を感じられる温泉が楽しめます。それだけでなく、岩盤浴ゾーンでは、何と世
界8カ国の岩盤浴が集結!しかも人気の漫画も好きなだけ読めちゃうんです。さらに
「スパプー」の呼び名でお馴染みのプールがあったり、大阪グルメが楽しめるお食事処
まで完備しているんです。
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天王寺駅で待合せ合流してミオプラザへ
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此の日は、カラオケに行かず帰ったので
早い時間帯に家に帰り着いた、未だ陽が沈む前?
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5月8日の馬見丘陵公園・他(大坂空港)-2

5月11日         5月8日の馬見丘陵公園・他(大坂空港)-2
                  ヒトツバタゴ(なんじゃもんじゃ)
朝一に病院へ行って帰りに馬見丘陵公園へ寄ってヒトツバタゴ(なんじゃもんじゃ)を
撮って来た、此れまではなんじゃもんじゃを5本くらいを確認出来てたが、驚いた事に、
10本以上あるのでは?花が咲いてる時期にきて此処にもあそこにも?見つけた・・・
馬見丘陵公園
中央駐車場に車を入れて
エゴノキも満開
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公園館
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結びの広場
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ナガレ山古墳前のツツジ&ハンカチノキ&ヒトツバタゴ
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ハンカチノキは此れが最後の花?
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ヒトツバタゴ(なんじゃもんじゃ)
此処だけで5本ある(昨日迄は2本しか知らなかった)
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ウイルソン株?のつもり、カエルがお出迎え
森の入口、入るとウッドブリッジ&デッキを渡る・・・
此処にもヒトツバタゴが数本(3~4本)有る、今日初めて知った
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タンポポ
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此処までは、
5月8日の馬見丘陵公園・他(大坂空港)-1 として
           下記のセカンドブログへ投稿済みです。
        http://tahara-nara-amami.blog.so-net.ne.jp/2017-05-11
続きは、上池に向かう~
ヒトツバタゴが5~6本有る、此れまでは3本しか知らなかった
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トキワベニマンサクの花は既に終わっている
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ホオノキ
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ヒトツバタゴ(なんじゃもんじゃ)
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カエル?タンポポ&エゴノキ
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伊丹(大坂空港)展望デッキから
17日に帰省するので何時ものお土産を買いに来た
今回は関空から飛立つので何時もの土産物を先に送って・・・
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天王寺駅
家内と一諸に久し振りにランチを食べて帰った・・・
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5月6日の大和三山を眺めて 第1弾・大和八木駅-2

5月10日     5月6日の大和三山を眺めて 第1弾・大和八木駅-2 
           今井町を抜け、新緑の畝傍山眺めて 歩程約10㎞
午後から雨予報にも係らず近鉄ハイキングに3人で参加、終盤小雨、最後本降り、
橿原神宮前駅へ1人別れて、最後の大久保神社へは残った2人で全行程制覇・・・
コース 近鉄駅フリーハイキング 大和八木駅受付9:30~11:00  10:00集合
大和八木駅(受付)~人麿神社~入鹿神社~今井町~高市御縣神社~河俣神社
~木葉神社~綏靖天皇陵~神武天皇陵~大久保神社~畝傍御陵前駅(ゴール)
此の日の私の万歩計は、26369歩で約17.8km歩いたことに・・・
志都美駅
左側の葛城山~右側の二上山
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畝傍駅で近鉄線へ乗り換え
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近鉄線八木西口駅
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大和八木駅(受付・スタート)
畝傍山(うねびやま)
畝傍山は、天香久山、耳成山と共に大和三山と呼ばれ、2005年(平成17年)には
他の2山と共に国の名勝に指定された。標高は198.8mと三山の中では最も高い。
ただし、山頂に有る三等三角点の標高は198.49mである。歴史的風土特別保存
地区にも指定されている。畝傍とは「火がうねる」の意味で有る。田の畝のように
くねくねした尾根を多く持つことから名付けられたとも云われる。山頂への登山口
は、東麓の橿原神宮側と、西麓の畝傍山口神社側が有る。山頂からは天香久山
や耳成山の他、遠く若草山なども眺望する事が出来る。
・・・此の日は麓から眺めるだけ

人麿神社へ向かう
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人麿神社(ひとまろじんじゃ)
地黄集落北西に鎮座、柿本人麻呂を祀る。旧村社。現奈良県新庄町の柿本神社
から分祀したと伝える。「西国三十三所名所図絵」に、「人麻呂祠、地黄村にあり。
柿本大明神の額を掲ぐ。かたはらに池ありて此周に数珠の桜樹をうえたり、花の
ころは美観とす。遠近より衆人うちむれて、終日詩を賦し歌よみ舞うたひて酒宴を
もよほす。桜の下に観音の小堂ならびに玉津島明神の小祠あり。」
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入鹿神社へ向かう
池の向こうに二上山が・・
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入鹿神社(いるかじんじゃ)
神社の伝えによると、乙巳の変(645年6月12日)で蘇我入鹿が飛鳥板蓋宮で中大
兄皇子や中臣鎌足らに倒された時、その首が小網町(しょうこうちょう)に飛んで来
たのを祀ったと言われている。入鹿は首を斬られたので、入鹿神社が首から上の
病に霊験あらたかと言う信仰がある。頭痛になやむ人々には同情的で頭痛に霊験
あらたかな入鹿神社として知られている。又、蘇我入鹿が鶏鳴を合図に首をはねら
れたので、昔は小網では鶏を飼わなかったとか、小網では蘇我入鹿を暗殺した中
臣鎌足を祀る多武峰へ参ると腹痛が起るとか、明日香村小原は中臣鎌足の母の
出生地だという事で小網町と小原は縁組しない等多くの伝説がある。
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   大日堂
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今井町へ向かう
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今井町(いまいちょう)
かつて「大和の金は今井に七分」といわれるほど繁栄した今井町。現在も町の
大半の町家が大切に保存され、江戸時代の姿を残しています。時代劇の撮影
などにも使われる町並みは、世界的に貴重な財産であり、平成5年には「重要
伝統的建造物群保存地区」の選定を受けています。NHK朝の連続テレビ小説
「あさが来た」の撮影現場にも選ばれ話題にもなりました。東西約600m、南北
約310m、面積にして17.4haの地区内には、全建物数1500棟弱のうち、約500
棟の伝統的建造物があり、全国で最も多い地区となっています。
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順明寺
順明寺は、旧北町、北尊坊通りの西端にある浄土真宗本願寺派の寺院で、北の
御堂ともよばれています。屋根は降り棟(くだりむね)の付いた切妻造で、千鳥破
風(ちどりはふ)に猪の目懸魚(いのめけぎょ)が付いています。板扉には入八双
金具(いりはっそうかなぐ)が付き、両開きとなっています。建立年代についての
確証はありませんが、文献によると表門は1638年(寛永15)の建立であることが
窺われます。扉以外はすべて建立当初の材を残している、貴重な門です。
1217年(建保5年)に照意房順明が十市郡新賀庄に創始して、1626年
(寛永3年)に現在地に移したと言われています。
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此処までは、
5月6日の大和三山を眺めて 第1弾・大和八木駅-1  として
              下記のセカンドブログへ詳細を投稿済みです。
         http://tahara-nara-amami.blog.so-net.ne.jp/2017-05-10 
此処では、この続きの今井町~の詳細についてを
5月6日の大和三山を眺めて 第1弾・大和八木駅-2 として掲載します。 
今井町華甍の庭で昼食
今井まちなみ交流センター華甍
奈良県指定文化財・旧高市郡教育博物館。今井町旧環濠外の東南部にある。2階
建の本館を中央に配し、両側に左右対称に翼廊がある。明治36年に建設された博
物館であるが、昭和初年より約30年間今井町役場として使用されていた。外観は大
和にふさわしく、和風的にまとめた県下では数少ない明治建築である。江戸時代の
町並を残す、今井町の町並みについての展示コーナー、映像シアターまた情報提供
の図書室等があります。
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今井町花甍の駐車場の直ぐ前
高市御縣神社(たけちのみあがたじんじゃ)
四条町の北部、今井町との境に鎮座。祭神は 高市県主の祖天津彦根命と高皇産霊
神。近世に 苔の宮・高県(こけ)の宮・高木(こうき)の宮と称したことから、 「延喜式」
神名帳高市郡の「高市御県神社名神大、月次新嘗」 に治定。高市御県神社は大和
六処御県神社 の一で(「延喜式」月次祭祝詞)、御県は朝廷直轄領 にあたる。大同
元年(806)に神封二戸があて られ(新抄格勅符抄)、天安三年(859)一月二七 日、
従五位下より従五位上に昇叙(三代実録)、 「延喜式」神名帳によると御県の神のな
かで唯一 名神祭にもあずかった。高市県については「古 事記」神代巻に「天津日子
根命者高市県主等之祖 也」とあり、「日本書紀」天武天皇元年(672)七 月条に「高市
県主許梅(こめ)」の名がみえる。所在は明 確ではないが、現曾我町字宮毛説が有力
で、現 橿原市の西部地域に推定されたいる。「延喜式」 神名帳高市郡には高市御県
坐鴨事代主神社 (現橿原市雲梯町の河俣神社に比定)の名がみえる。 文政二年(18
29)津田長道の著した「卯花日 記」には、「今井里人高木氏は、世々四条村の人 にし
て、今は今井に家居す。此家にむかしより 此社の事つかさどる事になりて、別に神主も
な ければ、此家より神供灯明のことを物しける。 高木の宮と云也といへり」という記述
がある。
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河俣神社へ向かう
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川俣神社(かわまたじんじゃ)
主祭神:鴨八重事代主神。河俣神社は、奈良県橿原市にある神社である。式内社で、
旧社格は村社。『出雲国造神賀詞』に皇室を守護する神として「事代主命の御魂を宇
奈提の神奈備に坐せ」とあり、この「宇奈提(うなせ)」は「雲梯(うなて)」のことである
として、延喜式神名帳に記載される式内大社「大和国高市郡 高市御坐鴨事代主神社」
に比定されている(延喜式神名帳には「川俣神社三座」という社名が見えるが、これは
近くの木葉神社に比定されている)。
『日本書紀』によれば、壬申の乱の際、高市郡大領高市縣主許梅に「高市社に居る事
代主神」が神懸りし、大海人皇子(後の天武天皇)を守護すると神託した。大海人皇子
の即位後、この霊験により、高市御坐鴨事代主神に、史上初となる神位が授けられて
いる。万葉集にも当社のことを詠んだ歌がある。住吉大社(大阪市住吉区)には畝傍
山口神社境内における埴取の神事があるが、その祭祀を行う者は当社で装束を整え
ることが恒例となっており、そのことから「装束の宮」と俗称される。
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木葉神社へ向かう
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木葉神社(このはじんじゃ)
木葉神社は、奈良県橿原市雲梯町初穂寺にある神社。御朱印の有無は不明。『延喜
式神名帳』にある「川俣神社三座(大和国・高市郡)」に比定される式内社(大社)。近
代社格では無格社。創建年代は不詳。現在の御祭神は木花咲耶姫命。本来は川俣
公の祖である彦坐命を祀っていたと考えられている。中世以降は荒廃し、神仏習合に
よって僧坊が建てられた。これが初穂寺である。 当社はその初穂寺の隅に「浅間権現」
と呼ばれる祠で祀られた。あるいは「富士権現」と呼ばれた。いわゆる、浅間神社になっ
た。『大和志』に「川俣八王子」とあるのが当社で、八王子が初王子となり、さらに初穂寺
と変わったという。これが当社の式内比定根拠。当社は曽我川西岸に鎮座するが、対
岸の東岸には、式内社「高市御縣坐鴨事代主神社」に比定される河俣神社がある。
河俣神社は、式内社「川俣神社」と混同して、現社号に定着した、ともされている。一方の
当社名称の変遷や解釈はより不可解か。 明治初年に、御祭神名から木華神社に改称、
その後現社号に改称した。現在も「権現さん」、初穂寺の名から「八王子さん」とも呼ばれ
ている。
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橿原市運動公園へ向かう
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橿原市運動公園
橿原市では、市民の皆さんに健康で文化的な生活をエンジョイしていただくために、各種
スポーツ、レクリェーション施設を集結した、総合的な運動公園です。プール、硬式野球、
軟式野球、ソフトボール、テニス、サッカーなどがお楽しみいただけ、また、軽スポーツも
楽しめ、くつろぎスペースとしても利用できる芝の多目的広場もあります。
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綏靖天皇陵へ向かう
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綏靖天皇陵(すいぜいてんのうりょう)
第2代天皇(在位:綏靖天皇元年1月8日 - 綏靖天皇33年5月10日)。和風諡号は、『日
本書紀』では「神渟名川耳天皇(かんぬなかわみみのすめらみこと)」、『古事記』では
「神沼河耳命」。神武天皇(初代天皇)の皇子。『日本書紀』『古事記』とも系譜の記載は
あるが事績の記述は少なく、いわゆる「欠史八代」の1人に数えられる。
『日本書紀』によると、神渟名川耳尊は神武天皇42年1月3日に立太子した。
神武天皇76年3月11日に父天皇が崩御した際、朝政の経験に長けていた庶兄の手研
耳命(たぎしみみのみこと)は、皇位に就くため弟の神八井耳命・神渟名川耳尊を害そ
うとした。己卯年11月、この陰謀を知った神八井耳・神渟名川耳兄弟は、神武天皇の山
陵を築造し終えると、弓部稚彦に弓を、倭鍛部の天津真浦に鏃を、矢部に箭を作らせた。
そして片丘(奈良県北葛城郡王寺町・香芝町・上牧町付近か)の大室に臥せっていた手
研耳を襲い、これを討った。この際、神八井耳は手足が震えて矢を射ることができず、代
わりに神渟名川耳が射て殺したという。神八井耳はこの失態を深く恥じたため、神渟名
川耳が皇位に就き、神八井耳は天皇を助けて神祇を掌ることとなった。
翌年(神武崩御の4年後;綏靖天皇元年)1月8日に即位し、宮を葛城高丘宮に遷した。
その後、綏靖天皇33年5月10日に在位33年にして崩御した。時に『日本書紀』では84歳、
『古事記』では45歳という。安寧天皇元年10月11日、遺骸は「桃花鳥田丘上陵」に・・・・
伝承:南北朝時代の編とされる『神道集』によれば、綏靖天皇には食人の趣味があり、
朝夕に7人もの人々を食べて周囲を恐怖に陥れたため、人々は「近く火の雨が降る」
との虚言を弄し、天皇を岩屋に幽閉して難を逃れたという。
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神武天皇陵(じんむてんのうりょう)
初代天皇とされる神話・伝説上の人物(在位:神武天皇元年1月1日 - 神武天皇76年
3月11日)。和風諡号は、『日本書紀』では「神日本磐余彦天皇(かんやまといわれひ
このすめらみこと)」、『古事記』では「神倭伊波礼毘古命」。また幼名は「狭野尊(さの
のみこと)」、諱は「彦火火出見(ひこほほでみ)」。日本皇統の祖としている。
神武天皇の即位月日とされる1月1日(旧暦)は、明治に入り新暦に換算され、2月11
日となり、日本国の建国の日として1873年(明治6年)に「紀元節」(祭日)と定められ
た。紀元節は1948年(昭和23年)に廃止されたが、1967年(昭和42年)に「建国記念
日」として国民の祝日となった。
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大久保神社へ向かう
喜多酒造(株)(御代菊)
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大窪寺跡 & 歴代天皇遥拝所
大窪寺跡(おおくぼでらあと/おおくぼてらあと)は、奈良県橿原市大久保町にある古代
から中世の寺院跡。史跡指定はされていない。跡地付近に所在する浄土宗の国源寺
観音堂(こくげんじ かんのんどう)が法燈を継承するとされ、同寺の境内に伝世される
塔心礎は大窪寺のものと推定される。創建は不明(出土瓦によれば白鳳期か)。史書
には大窪史(おおくぼのふひと、大窪氏)一族の記載が見え、大窪史と大窪寺の関係を
推測する説(一説に氏寺)もある。古く『日本書紀』朱鳥元年(686年)8月21日条には、
檜隈寺(寺跡は明日香村檜前)・軽寺(寺跡は橿原市大軽町)・大窪寺の3寺に30年を
限とする封100戸の寄進の記事が見える。持統天皇8年(694年)の藤原京遷都後は、
寺域はその京域内に所在した。また延久2年(1070年)の「興福寺雑役免帳」に大窪寺
領の記載があるほか、室町時代の「越智郷段銭帳」にも「大窪寺 四町八段半」とあり、
鎌倉時代末頃までの存続が確認される。その後、『大和志』や文政12年(1829年)の
『卯花日記』では、跡地の様子が記述されている。
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大久保神社
社殿は、畝傍山や神武陵を背に東面して建つ。境内はとても綺麗に整備され、ている。
今なお厚い信仰に支えられているのが判る。天和2年(1682)5月銘の石燈籠がある。
社家は松原家で、永禄8年(1565)以来、京都の白川伯王家(伯家神道の家元)から
神職免許を受け代々世襲していた。白川家では、同家を「神武天皇御陵神主」と弥ん
でいたという。 …雨になってしまった。
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畝傍御陵前駅(ゴール) …本降りになって
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畝傍御陵前駅→大和八木駅→五位堂駅→バスで自宅へ

5月7日のなんじゃもんじゃ(馬見丘陵公園)

5月8日        5月7日のなんじゃもんじゃ(馬見丘陵公園)
          なんじゃもんじゃ(ヒトツバタゴ)を撮りに馬見丘陵公園へ
此の日は、上池廻りのなんじゃもんじゃ(ヒトツバタゴ)を撮りに東エリアの駐車場に
車を停めて、駆け足で何時もの上池を撮るスポットへ行って来た、咲いていた・・・・
此処だけでも5~6本のなんじゃもんじゃが有る様だ、今まで3本だと思っていたが。
なんじもんじゃ
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  上池
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その他
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5月4日の海上釣り堀 魚釣り大会-深日漁港

5月7日      5月4日の海上釣り堀 魚釣り大会-深日漁港
                第21回目の魚釣り大会
晴天に恵まれて海上での心地よい、参加者14人の魚釣り大会となりました。
年に一度、この魚釣り大会でしか顔を会わさない知人も居て交流を懐かしみ
ながら、何時もの様に和気合いあいの楽しい釣り大会で、釣果を持ち帰って
調理して家族と食べる楽しみや、海上釣り堀とはいえ釣るのに四苦八苦・・・
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この様な釣り場(枡)が2列で8番迄あり、一番沖の8番と4番の2枡を14人で
貸切って真鯛、シマアジ、イサキを放流して貰い、14人で釣果を競い、賞品
等も設定して毎年楽しんでる催事で今年も参加しました・・・
今年は例年の場所が予約できず、少し遠い深日漁港の”海上釣り堀・岬”
朝7時~昼2時迄、7時間の釣りに一夜明けた今朝は心地よい筋肉痛も・・・
その他の釣り風景
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  お疲れの様です。
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解散です。
流石に連休中?第二阪和も阪和道も渋滞続きで・・・
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私の釣果&持ち帰り
釣果は真鯛3匹とシマアジ1匹、真鯛2匹とシマアジ1匹を持ち帰り調理
真鯛もシマアジも40センチ超えの大物?でした。
クーラ
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捌くのも大変、台所で3匹を全て3枚におろして・・・先ずは夕食に
鯛の刺身2種類(皮なしの生と皮つきの湯引き)とシマアジの刺身
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鯛の刺身をカルパッチョ風に、つまは新玉葱のスライス
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食べ飽きた刺身とカルパッチョは辛子酢味噌和えにして味を変えて・・・
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鯛とシマアジのアラは、味噌味のアラ汁にして
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写真は無いが6日の朝食用に、
三枚おろしの鯛の片身を塩焼きに、家内が担当・・・

残りは塩して暫く保存、暫くは魚をメインの食事に・・・
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5月2日の馬見丘陵公園の花木・・・2

5月3日          5月2日の馬見丘陵公園の花木・・・2
                ハンカチノキ&なんじゃもんじゃ
今日はクワーマガ(子供と孫)が来る日なので朝から忙しい、私の担当はもずく
の酢の物作り、部屋の片づけ?娘を駅まで迎えに行く事、夕方の寿司を貰いに
行く事等々で夕食の寿司を貰いに行く事以外は、先ほど昼迄で終わり、昼飯に
素麺を食べた。
子供と孫達はきげん良く遊んでいるのでPCの前に、昨日1時間半くらい時間が
有ったので馬見丘陵公園の気になる花木の様子を撮って来たものを整理して
ブログに投稿しようと・・・
気になるのは、ハンカチノキのハンカチ?はどうなったのか、なんじゃもんじゃの
花は咲いたのか?奈良の八重桜はどうなってるのか?チュウリップは?等々・・・、
中央公園館前の駐車場に車を入れて
公園館を
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芝生の丘のチュウリップ
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ナガレ山古墳の前のなんじゃもんじゃに向かう
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なんじゃもんじゃ(ヒトツバタゴ)とハンカチノキが有る
なんじゃもんじゃが咲きはじめの木が1本
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もう1本は未だつぼみ・・・
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此れは、ハンカチノキ
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  散ったハンカチ?
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周りのツツジ
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此処までは、
5月2日の馬見丘陵公園の花木・・・1 として
      下記のセカンドブログへ詳細を投稿しました。
     http://tahara-nara-amami.blog.so-net.ne.jp/2017-05-03-1
此処では、此の続きのナガレ山古墳~の詳細を
5月2日の馬見丘陵公園の花木・・・2 として掲載します。
ナガレ山古墳
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ツツジ
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結びの広場
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ヤマブキ
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芝生の丘へ戻って
ならの八重桜
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芝生の丘のつつじとチュウリップ
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公園館前に戻って
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駐車場へ
ハナミズキ&つつじ
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おまけ
家へ戻ると買い出しに・・・
スーパーの駐車場からの風景
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家え戻って
我家のモミジ、此れから緑色に変わる
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・・・・・・・・・・・
明日4日は、釣り仲間14人で海上釣り堀での”第21回魚釣り大会”
朝4時に起きて、4時半出発して深日漁港に有る”海上釣り堀 ・岬”へ